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台湾におけるハイテク産業の転換

執筆者 岸本 千佳司
所 属 アジア成長研究所
発行年月 2020年3月
No. 2019-04
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内容紹介

本報告書は,公益財団法人アジア成長研究所(AGI)の研究プロジェクト「台湾におけるハイテク産業の転換-中国大国化のインパクト-」(2019年度実施)の成果である。

近年,新興のデジタルエコノミーの担い手としてスタートアップの役割が注目されている。米国のGAFA,そして中国においては,アリババやテンセントのようなメジャーなプラットフォーマーが出現し,これを土台に多数のインターネット・モバイル,IoT,AI等のスタートアップが簇生し多数のユニコーンが生み出されている。とりわけ中国では,2014年のダボス会議で李克強首相が「大衆創業,万衆創新(大衆による起業,万衆によるイノベーション)」を提唱し,スタートアップとイノベーションの促進が加速された。おそらくこのインパクトを受けたものと思われるが,台湾においても,近年スタートアップ推進に一層の注力がなされている。経済成長の主な原動力を従来型のハイテク産業(IC産業や電子機器受託製造サービスを中心とするエレクトロニクス・ハードウェア製造業)からインターネット,IoT,AI等のデジタルエコノミーにシフトする取り組みの一環である。本報告書は,このような全体の背景を説明した序章「中国の超大国化と台湾の発展戦略」の他,以下の2つの章から構成される。

第1章は,「台湾のスタートアップ支援政策:シリコンバレーとの連携強化,アクセラレータ基地(TTA,TST)建設」である。台湾では,1990年代以降,科学工業園区の開設・拡充,大学・研究機関付属のインキュベーションセンター設置やベンチャーキャピタル(VC)業振興等による起業促進策が実施されてきた。近年,こうした従来の取り組みにかわり,アクセラレータ方式による短期集中型の起業家育成,VCに加えてエンジェルやクラウドファンディングによる資金調達,既存大企業との連携によるイノベーション加速,国際連携の強化等からなる新たなスタートアップ支援体制の構築が進められている。これは,次世代産業の勃興とテクノロジー発展スピードの非連続的な激変という世界的な潮流に対応したものでもある。本章では,近年における台湾政府のスタートアップ支援政策の中で,とりわけシリコンバレーとの連携強化・再構築,およびアクセラレータ基地の建設といった取り組みに焦点を当て解説する。これまで,政府部門だけ見ても,様々な(そして一部重複する役割を持つと思われる)取り組みが実施され,やや混沌とした印象であった。近年のこうした取り組みを分析することで,台湾政府の狙い・政策の方向性,および台湾におけるスタートアップ・エコシステム発展の特徴のある側面が明らかにされる(本章の初出は,『東アジアへの視点』30(2)2019年12月号,pp.57-83である)。

第2章は,「台湾のインターネット産業専門スタートアップ・アクセラレータAppWorks(之初創投)の事例研究」である。アクセラレータとは,毎期数ヵ月間程度の育成プログラムにより数組から数十組の起業チームを集中的に支援し,メンタリングによるビジネスモデルの改良・練り直し,(潜在的な)投資家やビジネスパートナーとのマッチング等を通して,比較的短期間でのスタートアップの事業化実現と成長促進を図る支援方式である。米国シリコンバレーのY Combinator (2005年創設)に始まり世界中に広まった。本研究で取り上げるAppWorksは,2010年開始で台湾初の民間アクセラレータであり,卒業生起業家等によって構成されるコミュニティの規模ではアジア最大級とされる。その詳細な事例研究により,台湾・アジアの代表的アクセラレータの支援内容,運営体制,起業チームの特徴などの実情が理解される。加えて,AppWorksの特徴は,その明確な戦略性にある。ビジネス領域ではインターネット産業/デジタルエコノミー,目指すべき市場としては大東南アジア経済圏(ASEAN+台湾,香港)にフォーカスする。また,アクセラレータの他に,独自のベンチャーキャピタル・ファンドを運営して,アクセラレータの運営資金を稼ぐとともに(アクセラレータ参加は無料),アクセラレータ卒業生および他の有望なスタートアップに投資している。これを通して相互扶助と「恩送り」のカルチャーを持つコミュニティを構築し,それを土台にスタートアップ・エコシステム(スタートアップの簇生,連携・ビジネスチャンス開拓,投資・資金供給)の発展を実現するという戦略ストーリーである。本研究では,これを詳細に解説し,これが見方によっては,デジタルエコノミー推進に向けた台湾政府の政策を先取り(もしくは具体化)したものであることを示す。そして,AppWorksの「スタートアップ・エコシステム戦略」は,GAFAやBATHのようなメジャーなプラットフォーマーを生み出し得ない(日本を含めた)中小国にとっての注目すべき有効な戦略の例であると指摘する。

本プロジェクトの実施にあたって,論文内で言及した企業・団体の方々に多大なご協力をいただいた。また,当研究所事務局職員からもプロジェクトの運営に関して継続的な協力を得た。ここに記して,深甚なる感謝の意を表したい。