アジア成長研究所(AGI)は、2013年7月から新聞、テレビ、ラジオ、電子媒体など北九州で活動するメディアとの交流会「MAGI会」(メディアとAGIの会、2014年9月までの「イクメ会」を改称)を原則として月1回開いています。私どもの活動内容を地元メディアの皆さまにご認識いただき、広く地域社会にお伝えいただく一助とするとともに、メディアの皆さまとの意見交換を通じて地域社会の最新の情報ニーズを把握し、今後の活動に役立てるためです。
第17回「MAGI会」(メディアとAGIの会=「イクシアードとメディアの会<イクメ会>を改称)
2015.1.14(水)18:00~20:00@AGI会議室(北九州市・大手町のムーブ6階)
話題提供者:新見 陽子 主任研究員
テーマ:「一人当たりGDP vs 幸福度:人々の生活の質をどう把握するか?」
出席メディア:RKB毎日放送、時事通信社、TVQ九州放送(50音順)
これまで一人当たりGDPが国の豊かさを測る指標として使われてきましたが、それだけでは暮らしの質を把握できないのではないかという問題意識が各国で高まっています。米経済学者リチャード・イースタリン(Richard Easterlin)は1974年、「所得の上昇が必ずしも幸福の上昇につながっていない」という事実を指摘しました。その後、経済学においてこの現象は「幸福のパラドックス」と呼ばれ、幸福度に関する研究が盛んに行われるようになりました。先行研究により、幸福のパラドックスが起こる様々な理由があげられていますが、その一つに、人々は他人と比べる傾向があるため、幸福度は自分の所得レベルではなく、他人の所得と比べた相対所得に影響されることが考えられます。日本でも幸福のパラドックスは観察されています。また、所得がある一定のレベルを超えると、幸福度が上がらず、飽和してしまう傾向も観察されています。
そこで、一人当たりGDPに代わる、あるいは補う指標を作ろうという取り組みが各国で始まっています。ブータンでは現国王の父である第4代国王が1970年代に「国民総幸福量(Gross National Happiness : GNH)」という新しい概念を提唱しました。これは、生活の質や社会的発展を、GDPという経済的指標よりも、より包括的に、また心理的側面もとらえた尺度です。具体的には、GNHは持続可能で公平な社会経済の発展、環境保全、文化の保全と振興、良い統治の4本柱からなり、この概念を数値化したGNH指標は、①心理的幸福度②健康③教育④時間の使い方⑤良い統治⑥文化の多様性と柔軟性⑦生活水準⑧コミュニティーの活力⑨生態の多様性と復元力――の9分野で構成されています。
一方、フランスでは2008年、当時のサルコジ大統領の肝いりでノーベル経済学賞を受賞したJ・スティグリッツ教授やA・セン教授らからなる委員会が組織され、それは経済実態・発展を示す指標としてのGDPの限界を明らかにし、より適切な指標を考えることを目的としたものでした。この委員会は、生活の質を測るには本人たちが判断する「主観的幸福度」に加え、人々の生活の質を決定づける物質的生活水準(所得、消費、富)、健康、教育、個人の活動(労働を含む)、政治的発言権と統治、社会とのつながりと関係、環境、経済的・個人的不安といった客観的な条件・能力(objective conditions and capabilities)も把握する必要があると主張しました。また、現在の幸福度(生活の質)が「次世代でも維持できるか」という持続可能性も重視したのが特徴です。
他方、英国では2010年、キャメロン首相が「今後は『幸福度指標』を策定し、政府の政策立案に反映させていく」と表明。これを受けて英国家統計局が2012年に、①個人の幸福②対人関係③健康④仕事⑤居住地域⑥個人資産⑦教育と職業技術⑧経済⑨統治⑩自然環境――の10項目を「幸福度指標」に選定しました。これまでに行われてきた調査によって、この10項目の中で個人の幸福度と最も強い相関関係がみられるのは健康、雇用状況、対人関係の3つと指摘されています。ブータンでも似たような結果が得られています。
日本では2010年度に当時の民主党政権が「新成長戦略」を閣議決定した中に、幸福度についての研究推進とその関連指標となる統計整備・充実が盛り込まれました。これを受けて内閣府の中に「幸福度に関する研究会」が発足し、「幸福度指標試案」が発表されました。試案は、主観的幸福感を中心に据え、①経済社会状況(基本的ニーズ、住居、子育て・教育、雇用、社会制度の5項目)②健康(身体面、精神面の2項目)③関係性(ライフスタイル、家族とのつながり、地球とのつながり、自然とのつながりの4項目)の3つを柱としつつ、さらに持続可能性も考慮に入れるべきだと提案しています。
このように、人々の暮らしの豊かさを把握するにはGDPのみでは不十分であり、幸福度、生活満足度などの主観的指標と、一人当たり所得、雇用形態といった客観的指標も必要であるという認識が国際的に高まっています。ただ、どういった指標を選ぶかが問題であり、それらを統合すべきか否か、また統合するにあたっては指標のウェートづけも課題になっています。
では、日本は国際的に幸福な国なのでしょうか。国連の「世界幸福度報告書」(2013年)によると、日本は156ヶ国中43位です。一人当たりGDP(PPP)(2013年)では26位と比較的上位ですが、幸福度はあまり高くないことがわかります。これに対し、タイは一人当たりGDPが72位と日本より下ですが、幸福度は36位と日本より上です。ベトナムも一人当たりGDP(106位)より幸福度(63位)が高い国です。経済協力開発機構(OECD)の「より良い暮らし指標(Better Life Index:BLI)」でも、OECD加盟34ヶ国のうち、日本は20位(BLIに含まれる各指標を単純平均した場合)とあまり芳しくありません。
国内の都道府県別の幸福度調査もあります。法政大学が2011年に発表したランキング
によると、1位は福井県、2位富山県、3位石川県と北陸3県がベスト3を占めました。九州・沖縄地方は佐賀、熊本両県が同率5位、大分県が14位と上位ですが、長崎県は22位、宮崎県は27位、鹿児島県は35位、福岡県は39位、沖縄県は41位と低迷しています。ただ、このランキングに使われた指標が人々の幸福度を測る指標として適しているかについては詳しい検証が必要といえます。
これに対して、自治体側も対応に乗り出しています。福井、熊本両県など全国13県は「ふるさと希望指数(LHI)」の研究を進めていますし、福岡県田川市、佐賀県佐賀市など全国52市町村は住民の幸福実感向上を目指す基礎自治体連合「幸せリーグ」を結成しました。福岡県は県民幸福度日本一を目指し、2011年度から毎年、県民意識調査を続けています。2013年度の調査報告書によると、県民が幸福実感を判断する上で重視した基準(4者択2)では、「将来への期待・不安」(66.3%)と「自分の理想との比較」(64.0%)の2つが多かった半面、「過去の自分との比較」(34.0%)や「他人との比較」(22.5%)は少なかったのが特徴でした。また、大阪大学が日本で行った「暮らしの好みと満足度についてのアンケート」のデータをみても、生活に余裕のない人や、健康上の不安を抱えている人、老後の生活が心配な人、雇用状況が安定していない人の幸福度のほうがそうでない人の幸福度よりも低いことがわかります。このため、人々の幸福度をあげるためには、将来の不安を解消する政策が有効なのではないかと思います。
「所得の上昇が必ずしも幸福の上昇につながらない『幸福のパラドックス』が日本でも観察されている」と話す新見陽子AGI主任研究員
【主な質疑応答】
Q「新見先生は前の勤務先のアジア開発銀行でブータンを担当していたそうだが、同国の人々と実際に接してみて、彼らは幸せそうだったか?」
A「決して問題がないわけではなく、若年層の失業率は近年ブータンが抱える問題の一つとなっている。経済発展を望んでいないわけではなく、ある程度の経済成長は必要とみていて、環境や文化など経済以外の側面との両立を目指している。」
Q「日本での国内総幸福度(GNH)推進の現状は?」
A「民主党政権時代に幸福度指標を積極的に提唱し、閣議決定までして研究を始めたが、2012年末の自民党への政権交代後はどの程度の活動が続けられているかは定かではない。」
Q「新見先生が提言したいことは何か?」
A「将来の不安、雇用の安定性が幸福度に影響を与えていることを指摘したい。社会政策が必要といっても、従来型のバラマキ的な対応ではこうした問題は軽減できないと思う。」
(協力研究員・江本伸哉)
更新日:2015年2月2日
カテゴリ:研究交流